今年の秋口になり、秋冷を迎える頃、世界で二つの新型コロナウイルスの変異が、話題となった。
一つは、欧州での第二波または第三波到来の主導力となったとみられる新型コロナウイルスの変異株「20A.EU1」であり、もう一つは、デンマークを中心とする養殖ミンクとその養殖業者に感染が広まった「クラスター5」とよばれる新型コロナウイルスの変異株の存在である。
これまでの新型コロナウイルス変異の変遷
これまでの新型コロナウイルスの変異の変遷は次のとおりである。
ボロニア大学の新型コロナウイルスゲノム解析 によれば
①武漢で2019年12月L株
②最初の変異はS株。2020年初出現
③1月中旬以来V株とG株
④2020年2月末にG株はGRとGH株に変異
となる。
参考「University of Bologna genome analysis: The six strains of SARS-CoV-2」
その後は大きな変異はなく、最適化されてきた。
今年の8月時点では、これらの6株が下記の分布で、世界に併存し続けてきた。
①L株 武漢株、徐々に消失
②S株 2020年初め、米国、スペイン、徐々に消失
③V株
④G株 2020年2月末に分布 GR株とGH株に変異 アジア
⑤GR株 ヨーロッパ、イタリア、南アメリカ、アジア
⑥GH株 フランス、ドイツ、北米、アジア
「D614G変異」に対する世界の懸念
今年の6月12日にアメリカのスクリップス研究所から発表された論文が「D614G変異」について触れ、一挙に、この「D614G変異」が話題を呼んだ。
参考「Mutated coronavirus shows significant boost in infectivity」
この段階で、スクリップス研究所研究はコロナは「D614G変異」で感染力を増しているが、開発ワクチンはこの変異に対応できるとしている。
また、D614G変異が、スパイクの数を増やし、また、スパイクの機能をより安定化させており、これによって、ウイルスの細胞への侵入を容易にさせているともしている。
論文「The D614G mutation in SARS-CoV-2 Spike increases transduction of multiple human cell types」では、変異で感染能力が8 倍増加するともしている。
また、中国の論文では
①コロナウイルスの感染能力は2.4〜7.7 倍に増加
②スパイクたんぱく質表面のウイルス量は4.7 倍に増加
とする研究もある。
参考「新冠重要发现:需警惕!多个研究团队发现,发生D614G突变的新冠病毒,感染人类细胞的能力或提高9倍左右」
新型コロナウイルスの欧州株に見られる「D614G」変異というのは 、フーリン蛋白質開裂部残基配列第614番目において 、 D(アスパラギン酸)がG(グリシン)に変異しているということである。
変異サイトがS1 とS2の中間にあるため、S2への親和性が増すことによる安定性が増強されるとのことである。
参考「Genomic diversity and hotspot mutations in 30,983 SARS-CoV-2 genomes」
新型コロナウイルスのD614G変異の意味 としては
①変異後(SG614)は変異前(S D614)より、効率的にACE2発現細胞に感染
②これは S1の排出が少ない。 S蛋白質の疑似ビリオンへの抱合が多い。 ことによる。
③変異後(S G614)が変異前(S D614)より安定している。
とのようである。
参考「The D614G mutation in the SARS-CoV-2 spike protein reduces S1 shedding and increases infectivity」
上記図のシーケンスにおけるD614G変異箇所は下記
赤字の(D→G)
のところ である。
TGTGVLTESNKKFLPFQQFGRDIADTTDAVRDPQTLEILDITPCSFGGVSVITPGTNT
SNQVAVLYQ(G)VNCTEVPVAIH
ADQLTPTWRVYSTGSNVFQTRAGCLIGAEHVNNSYECDIPIGAGICASYQTQTNSPRRAR
全配列は下記ご参照
参考「Recombinant Human Novel Coronavirus Spike glycoprotein(S) (D614G), partial」の9行目から最後まで
今年の2月までは、世界の新型コロナウイルスには、この変異は見られなかったが、3月頃から変異が見られ始め、5月には70%に変異が見られるようになった。
8月に入り、インドからマレーシアに帰国した男性から発生したクラスター感染者45名の中に、D614G変異株が発見され、改めて、D614G変異に、世間の注目が集まった。
参考「Southeast Asia Detects Mutated Virus Strain Sweeping the World」
G株とD614G変異との関係
先に、現在、世界に流行している新型コロナウイルスには6株(S L V G GR GH)があるとしたが、これと、D614G変異との関係は次のとおりである。
GR=D614G変異とG204R変異
GH=D614G変異とQ57H変異
このように、現在の新型コロナウイルス変異状況は
D614G変異(G型)がさらに細分化され、
GR型(D614G変異プラスG204R変異)
と
GH型(D614G変異プラスQ57H変異)
に分かれ。、その他、
S型(L84S変異)、
V型(L37F変異とG2151V変異)
などがある。
アジアで主流はS型、ヨーロッパで主流はG型とGR型、北米南米で主流はGH型となっている。
変異による新型コロナウイルスの特性変化は下記のとおりである。
①D614G 感染性上昇
②N439K, L452R, A475V, V483A, F490L,Y508H 一部中和抗体への耐性向上
③D614G+I472V 感染性と中和抗体への耐性向上
④N-結合型糖鎖の欠損 特にN331とN343の糖鎖欠失が感染性を弱化。
N234Qは耐性向上
N165Qは感受性向上
参考
「The Impact of Mutations in SARS-CoV-2 Spike on Viral Infectivity and Antigenicity」
「我国科学家又发表一篇Cell论文!详细剖析SARS-CoV-2刺突蛋白突变对病毒感染性和抗原性的影响」
「详细剖析SARS-CoV-2刺突蛋白突变对病毒感染性和抗原性的影响」
ここにきての新しい新型コロナウイルス変異株の登場
①エスカピアンス
9月2日「エスカピアンス」(escapians)と呼ばれる新しい変異株の登場を示唆する論文がヒューストン・メソジストから発表された。
この研究で、James M. Musser氏ら研究者たちは、ワクチンを逃れることができる突然変異体ウイルス(「エスカピアンス」と呼ばれる)または薬物や他の治療法に抵抗することができる突然変異体を生成できる自然発生の突然変異によってウイルスが勢いを増す懸念があると示唆した。
「中和モノクローナル抗体(mAb)CR30022による認識の低下」というのだが、詳細はまだわからない。
参考
「HOUSTON METHODIST COVID-19 STUDY SHOWS RAPID SPREAD AND POTENTIAL FOR MUTANT VIRUSES」
②「20A.EU1」という新型コロナウイルス変異株が、欧州を席巻
10月25日、バーゼル大学が、ショッキングな論文を発表した。
参考「Emergence and spread of a SARS-CoV-2 variant through Europe in the summer of 2020」
新型コロナウイルスの変異株「20A.EU1」が、6月にスペイン北東部農業地帯で出現し7月からヨーロッパ中に感染拡大し、現在の欧州各国ロックダウンを招いている。というものである。
6つの特徴的な遺伝子変異を持ち、この変異が免疫応答回避の特性をウイルスに与えているという。
新型コロナウイルスの変異株「20A.EU1」は、 ウイルスのスパイク、 ヌクレオカプシド、 および ORF14タンパク質 のアミノ酸を修飾する変異を特徴とする。
「20A.EU1」のゲノム配列は、 ①スパイクタンパク質の変異A222V や ②核タンパク質のA220V など、 6つ以上の位置で祖先配列とは異なっている。
変異箇所は「A222V」である。スパイクタンパク質シーケンスの222番目のアラニンがバリンに変異している。
この変異株は、交叉免疫が効きにくい点に懸念が持たれている。
「20A.EU1」株の進化型として「20A.EU2」株がある。
変異箇所は「S477N」である。
ヨーロッパ各国別の型は
フランス 20A.EU2
イギリス 20A.EU1
オランダ 20A.EU1
スイス 20A.EU1
ベルギー S98F
スペイン 20A.EU1
ノルウェー20A.EU2
である。
参考「Emergence and spread of a SARS-CoV-2」
変異の進化過程の順序は
D614G
→
20A.EU1
→
20A.EU2
となっている。
参考「Emergence and spread of a SARS-CoV-2 variant through Europe in the summer of 2020」
現在、変異株20A.EU1 による感染が見られているのは、欧州12ヵ国(スペイン、イギリス、アイルランド、スイス、オランダ、ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ラトビア、ノルウェー、スウェーデン、)と香港、ニュージーランドだが、ロシアでも感染拡大しているのではないのか?と、推測されている。
新規感染のうち スペイン、イギリスで80% アイルランドで60%、 フランスとスイスで40% をこの変異株が占めている。
参考
「Coronavirus strain from Catalan farms accounts for large share of Europe’s new cases – study」
「Coronavirus already mutated! New virus variant is spreading in Europe」
「COVID-19ウイルスはヨーロッパで変異したか?」(英語)
③広がるミンク農場での新型コロナ感染
「20A.EU1」変異株の出発点は、スペインの北東部アルゴン州のミンク飼養農場であるとされている。
新型コロナウイルス感染が発見されたのは、スペイン東部アラゴン州テルエル県テルエル(Teruel)のミンク飼養場Secapiel社で、ミンク飼養農家の主婦に5月末感染が見つかった。
5月22日、7人が陽性となり、その後、ミンク農場でのミンクの検査が始まった。
その結果、ミンクのサンプル検査で飼養ミンクの86.67%が陽性であることがわかり、続いての同じ週に他の2人の従業員も陽性となった。
この結果を受け、92,700頭のミンクの殺処分がされた。
参考
「España sacrifica a más de 90 mil visones para prevenir el coronavirus」
新型コロナウイルスのミンクへの感染はこれが初めてではなく、オランダでは、ミンクがヒトに新型コロナウイルスを感染した疑いがあるとして、強制検査を命じ,結果、100以上のミンク農場が閉鎖されている。
オランダの2つのミンク農場では、4月23日と4月25日に最初に感染が確認された。
オランダのエラスムス大学医療センターのBas B. Oude Munninkら研究者たちは、これらのウイルスはヒトによりミンク農場に持ち込まれ、その後変異した、としている。
参考
「Scientists find evidence of two-way transmission of coronavirus on mink farms」
「Transmission of SARS-CoV-2 on mink farms between humans and mink and back to humans」
また、アメリカでもミンクへの新型コロナウイルス感染が報告されている。
ユタ、ウィスコンシン、ミシガンの各州で新型コロナでミンクが死んでおり、その総数は8月以降1万5000頭以上に及ぶ。
数十カ所の農場が調査の間隔離されている。
参考「About a dozen US mink farms in quarantine as officials probe COVID-19 outbreaks」
これらのミンクへの感染例を受け、ヨーロッパ各国やカナダ アメリカが神経を尖らせている。
カナダのミンク飼養農家は、業界への政府補償を求めているようだ。
参考「COVID-19 outbreaks at foreign mink farms have fur breeders on high alert」
これまで、ミンクに新型コロナウイルス感染がみつかったのは
デンマーク
スペイン
イタリア
オランダ
スウェーデン
アメリカ
の6カ国である。
さらにアイルランドでも、国内のミンク農場を閉鎖する必要性が叫ばれ始めている。
④デンマークの「クラスター5」変異株
ここにきて、デンマークのミンク飼養農場での新型コロナウイルス感染が顕著になってきた。
2020年11月4日、デンマーク政府は、北部ジュットランドのミンク農場にミンクを経由しての12のヒト感染があるとした。
デンマークでのコロナ感染ミンクに変異体には、5つのクラスターがある。
デンマーク州血清研究所(SSI)は、これらをクラスター1〜5として指定した。
ここには、スパイクタンパク質に次の7つの異なる変異が確認されている。
H69del / V70del、
Y453F、
I692V、
M1229I
の変異である。
参考
「All we know about mutant ‘cluster 5’ coronavirus caused by mink」
「For fear of mutated coronavirus: Denmark kills over 15 million animals」
この事態を受け、デンマーク政府は、ミンク1,700万頭を殺処分、国内で飼育されている全ミンクの殺処分を義務付けるとした命令を出したが、その後、その命令は撤回された。
感染していない農場にまでミンクの殺処分を命じる法的権限はないと判明したことを受けた措置で、改めて殺処分を義務付けるための新しい法案を議会に提出する。
何が懸念なのか?
これらの新型コロナウイルスの変異株に対して、専門家が懸念しているのは、次の点にある。
①ミンクとヒトとの相互感染
これまで、新型コロナウイルス感染は、ヒト以外の第三の中間宿主を経ずして、ヒト⇔ヒト 感染によって、拡大してきた。
であればこそ、ヒトを対象にしたワクチン開発こそが、新型コロナウイルスの感染拡大を制御しうるとされてきたのである。
ところが、これに新たに、例えば、ミンクが新型コロナウイルスの中間宿主として介在するとなった場合、これまでのヒト中心の防疫体制は、完全な見直しを迫られるはずだ。
例えば、現在、養豚の世界で蔓延している豚熱(CSF)の場合、ウイルスのホストレンジが広いために、豚にも感染するが、野生イノシシにも感染するがため、その防疫範囲は、四方八方の広さとなってしまう。
これと同じことが新型コロナウイルスにも生じてきたら、新型コロナウイルス感染による犠牲者は、膨大な数となり、ウイルス自体の根絶も、ほぼ、不可能となってしまうだろう。
それと同じ懸念を、専門家は、今回のミンクへの新型コロナウイルスの感染の広がりや、ミンクから逆にヒトが感染しているという事態に、見ているのである。
コロナウイルスは、コウモリやセンザンコウに由来するとされているが、中間宿主として哺乳類がインキュベーターとして機能し変異して、ヒトウイルスに感染しやすくなる可能性がある。
猫、犬、猿、ハムスター、フェレット、ウサギはすべて、コロナウイルスや新しいコロナウイルスからの感染に対し脆弱であり、中間宿主として機能する可能性はある。
また、中国で旧コロナウイルスがジャコウネコ属ハクビシン科のパームシベット(Paradoxurinae)によって感染拡大したことも知られている。
②ワクチン回避変異をしていないか?
デンマークの「クラスター5」と呼ばれる新型コロナウイルス変異株に対する専門家の懸念は、その変異の中に「Vaccine-escape mutations 」(ワクチン回避変異)があるかどうか?ということのようだ。
これは、先に書いたヒューストン・メソゾジストの研究者たちが懸念した「エスカピアンス」(escapians)と呼ばれるワクチンを逃れることができる突然変異体ウイルスの登場への懸念でもある。
WHOの主任科学者SoumyaSwaminathan氏は、クラスター5の突然変異が、現在開発中のワクチンの有効性にどのような影響を与える可能性があるかを言うのは時期尚早だと述べた。
しかし、専門家の懸念は、今回の「クラスター5」変異がスパイクタンパク質にあったことにある。
現在開発中のワクチンのほとんどがスパイクタンパク質の無効化に焦点を合わせているため、今回のクラスター5におけるスパイクたんぱく質での変異は現在開発中の将来のワクチンに問題を引き起こす可能性があるかもしれないとの懸念を持っているのだ。
参考「‘Mutant coronavirus’ seen before on mink farms, say scientists」
参考「The coronavirus is mutating — does it matter?」
おわりに
世界は、いよいよ、懸念されていた新型コロナウイルス蔓延の第三の波が押し寄せつつある。
この11月にロックダウンを決めた国は、イギリス、ドイツ、フランス、イタリー、スペイン、ギリシャ、ポルトガル、オーストリアの各国に及ぶ。
参考「Europe’s pandemic woes multiply with leaders drifting to lockdowns」
この上に、さらなる変異株が事態を混乱させないことを祈るばかりである。
2020/11/09記 笹山登生