沖縄県の慶良間諸島の周辺海域のサンゴ礁を守るため、地元の渡嘉敷村と座間味村の両村は、エコツーリズム推進法の定める特定自然観光資源への立ち入り制限を利用し、周辺海域でダイバーの立ち入り人数の制限を図ろうとしている。
この慶良間では、エコツーリズム推進法制定以前に慶良間エコツーリズム推進協議会をすでに立ち上げているが、この協議会をエコツーリズム推進法の定める推進協議会とし、ここで環境保全策や規制内容を定めた「全体構想」を策定し、環境省など4省に対し、10月中に申請する方針とのことである。
そして、4省の構想の認定を得た上で、エコツーリズム推進法第八条に規定している特定自然観光資源の指定を可能とするため、サンゴ礁を特定自然観光資源に指定する内容の関連条例を両村で策定し、早ければ、両村議会12月定例会で関係条例を提案するという。
この条例の制定によって、サンゴ礁が特定自然観光資源に指定されることになり、これによって、エコツーリズム推進法第九条にもとづく特定自然観光資源に関する規制を可能にさせるという。
協議会の構想によると、各島周囲の水深30メートルより浅い範囲を「特定自然観光資源」に設定するという。
また、特定自然観光資源となるサンゴ礁への立ち入りには、関係村長の承認が必要となり、その許可の対象は、ダイビングガイドなど事業者になるという。
許可を与える上限の人数については、半減規制を目処とし、一番人数の多い8月で渡嘉敷村1万1100人、座間味村1万1500人、一番少ない2月で渡嘉敷村1800人、座間味村1200人に制限されるという。
以上が、慶良間海域におけるサンゴ礁への、エコツーリズム推進法を利用した立ち入り規制の動きの概要である。
総論としては、まことに時宜を得た動きだとは思うが、法的に見ると、いろいろな問題点も、浮かび上がっている。
海域の特定自然観光資源に地先権は、及ぶのか?
それは、今回、両村が特定自然観光資源として指定しようとしているサンゴ礁が、当然のことながら、海域の底地にあるということである。
海域における特定自然観光資源を地先の原点となる村が指定するということである。
いわば、海域にある特定自然観光資源に対し、これらの村は、地先権を有している、という考え方にたったものだ。
平成8年11月の東京高裁「静岡県沼津市大瀬崎ダイビング訴訟」においては、ダイビングスポットで、大瀬崎の内浦漁協が、ダイバーたちから、徴収する潜水料は、違法とする判決が出された。(ただし、その後、最高裁から高裁へ差し戻しとなり、2000年11月30日に東京高裁で原告の請求が棄却。)
許可の対象を、ダイビングガイドなど事業者に限定すると言う、今回の慶良間海域での立ち入り規制に対しては、将来、訴訟がおきうる可能性を、この大瀬崎ダイビング東京高裁訴訟は、しめしている。
すなわち、現在、全国レベルでは、地先の海をスクーバダイビング事業者などが使用することについて、漁協が利用料という名目で金銭を徴収することについて、トラブルが生じている例が見られるが、もし、今回、慶良間が、特定自然観光資源についても実質地先権を及ぼし、地元のエコツーリズム推進協議会がダイバー業者から利用料を徴収するというスキームを作り上げると、現在の漁協などとの間にあると同様のトラブルが生じかねないということだ。
そのほか、各島周囲の水深30メートルとなると、相当の広い範囲での指定となってしまうことについての疑問もある。
では、その海域への立ち入り規制とは、海の底地のフローラなのか、それとも、その特定自然観光資源の上の海上をもふくむのか?
サンゴ礁の上の海上へのグラス・ボートなどによる立ち入り規制も、含むのであろうか?
店を通すダイバー客と異なり、店を通さないシュノーケリング客の規制はどうするのか?
海人などの伝統漁法に基づく人々への立ち入り規制はどうなるのであろうか?
などの疑問点も、沸いてくる。
私も、この海域の島々にたびたび行っており、上記の座間味島、渡嘉敷島のほか、阿嘉島や、ちょっと離れるが、渡名喜島や粟国島などにも、足を伸ばしている。
幸か不幸か、これらの島々には、漁業者は、稀有である。
渡名喜島では、昔は、カツオ漁が盛んだったが、いつのころより漁業資源が枯渇してしまい、今は、近海魚の一本釣り程度のようである。
座間味島などには、漁業者はあまり見当たらない。
ただ、今回の慶良間の例に倣って、他の全国の市町村が、共同漁業権区域内にある特定自然観光資源を指定するようになったら、そして、その地域に漁業権をもつ漁業者が存在していたとしたら、相当な混乱を起こすことになりかねない。
エコツーリズム推進法施行規則第七条では、「立入りの承認を要しない行為」として、次のような規定がある。
(立入りの承認を要しない行為)
第七条 法第十条第二項 ただし書の主務省令で定める行為は、次に掲げるものとする。
一 農林水産業を営むために必要な行為
二 農山漁村における住民の生活水準の維持改善、森林の保続培養並びに水産資源の適切な保存及び管理を図るために行う行為
このエコツーリズム推進法施行規則第七条に基づく、行為の範囲については、この慶良間海域についても、慎重な取り決めが必要のように思える。
今回の措置について、結果、特定の自然観光資源に地先権を及ぼすことにつながっているところから、「この規制は、慶良間のダイビング業者が、那覇のダイビング業者を排除するための囲い込み措置である。」との見解を示す向きもある。
まさに、「海は誰のもの?」という永遠の課題に、この場合も、行き当たってしまうのである。
コモンズへのアクセス権は、侵害されないか?
さらに、対象海域へのコモンズとしてのアクセス権は、これによって侵害されないのであろうか?
たとえば同じ沖縄・石垣島の名蔵アンバル干潟などは、まさに、コモンズとしてのアクセスをする人でにぎわっている。
そこには、用と美をかねそなえたコモンズとしての理想的な海域利用の形が具現化されている。
エコツーリズム推進法制定の議論の過程においては、これらの民法263条規定の共有の性質を有する入会権や入浜権など、地域における慣行化した権利(「旧慣」または、「旧習」と呼ばれる権利)との調整についての対応が、すっぽり抜け落とされていた。
入浜慣行という社会事実を基盤とした入浜権は、①海浜に自由に立ち入りし、自然物を自由に使用出来る権利、②海浜に至るまでの土地を自由にアクセス・通行できる権利、からなる。
この権利は、現在の法解釈では、妨害排除請求権をもつものの、それは漁業権や付近の住民の生活権(人格権)に劣後するものであるとされている。
参考「『海を守る』とはどういうことか?」
「憲法論議に環境権を明確に位置づけるために 」
海浜の自然公物の自由使用権や海浜までのパブリック・アクセス権を含んではいるが、私権という性格が強いとされている
これらを争点にして訴訟が起こった場合、エコツーリズム推進法にもとづく、海域の特定自然観光資源立ち入り規制は、法的に耐えられるものかどうか、環境省は、じっくり吟味しておく必要があるのではなかろうか。
なお、今年6月3日に「自然公園法及び自然環境保全法の一部を改正する法律案」が交付され、この改正によって、自然公園法に「海域の保全」が書き込まれたことになったが、エコツーリズム推進法第八条の「ただし、他の法令により適切な保護がなされている自然観光資源として主務省令で定めるものについては、この限りでない。 」との関係で、慶良間海域も国定公園のようなので、この点での海域での利用規制の整合性も、あわせて考えられたいものだ。