国土交通省は、いよいよ、本体未着工のダムについて、今年度中は、これ以上、次段階での工事の進捗はせずに、いちから、費用対効果を見直すという。
なるほど、政権交代直後なのだから、これほどドラスティックな方向転換を図らないと、ダム事業はとまらないのだろう。
しかし、ただ、工事をとめればそれでいいということではないのだろう。
つまり、政府はNGOではないので、公共事業廃止のスキームをさけぶだけではだめなので、責任政権としては、出口戦略のスキームが必要になるというわけだ。
また、本体着工前のダムのみの事業凍結というのも、素人考えにありがちな直線的な考えにもとづくもののような感じもする。
すなわち、既存のダムの除去なども含めた生態系の回復という視点が、ここでは、抜け落ちているようにも見える。
ダムのオルタナティブとして、どのような環境にやさしい公共事業を起こしていくのかは、これからの国土交通省にとって、今後の大きな課題になりうるし、そのことが、これからの国土交通省の大きな社会的存在の基盤にもなりうるものと思われる。
ここにおいて、ミチゲーションの手法が、クローズアップされうる。
ミチゲーションについては、私のサイト「日本にミティゲーション・バンキングは可能か」をご参照
日本では、「環境振替」という言葉で、本来のミティゲーションの趣旨とはまったく異なる概念(というか、まったく正反対の意味)で使われている場合が多いので、此の点、要注意だ。
ミチゲーション・バンキングの手法とは、簡単に言えば、環境価値をクレジットとし、環境破壊をデビットとし、そのデポジット(預け入れ)とウィズドゥロー(引き出し)によって成り立つ、バンキング・システムといえる。
ここで、
環境価値=環境創造される空間の現在の環境価値=クレジット
であり、
環境破壊=開発許可となる空間における環境価値の損傷=デビット
となる。
この二つが クレジット=デビット となることによって、ノー・ネット・ロス原則(No-Net-Loss)が確立しうる、というものだ。
クレジットを預けいれることによって、ウィズドゥローとして、開発許可が下りる。
アメリカ・ノースカロライナ州では、ダム除去(Dam Removal)に、このミチゲーション・バンキング手法を使っている。
以下は、その概要である。
アメリカ・ノースカロライナのミチゲーション・バンキング手法によるダム除去(Dam Removal)手法
1.まず、除去するダムまでの本流の河川長と、支流の河川長を確定する。
2.つぎに、その本流と支流において、護岸度がどの程度か、河川幅がどの程度かを確定する。
3.以下の公式によって、最大可能ベースラインのクレジットが確定する。
最大可能ベースライン・ミチゲーション・クレジット(水生生物や人的要因による要素の修正前)=ダムにいたるまでの本流の河川長×係数+ダムにいたるまでの支流の河川長×係数
係数は、
護岸度が高いほど低く、護岸度が低いほど高い。
河川幅が狭いほど高く、河川幅が広いほど低い。
4.つぎに、この本流・支流における環境状況の度合いに応じて、この3の最大可能ベースライン・ミチゲーション・クレジットを修正していく。
修正の要素としては、
①水質はどうか?
②水生生物のコミュニティが確保されているか?
③希少性水生生物種や絶滅危惧水生生物種がいるか?
の三点である。
5.この三点のいくつが該当しているかによって、相当の修正係数を適用し、以下の公式によって、修正後ベースライン・ミチゲーション・クレジットを確定していく。
さらに、人的要因としての修正係数として、河川沿岸のレクリェーション的な利用度や、環境教育的な利用度などをカウントし、修正していく。
修正後ベースライン・ミチゲーション・クレジット=最大可能ベースライン・ミチゲーション・クレジット×修正係数(修正係数は、①水質はどうか?、②水生生物のコミュニティが確保されているか?、③希少性水生生物種や絶滅危惧水生生物種がいるか?、の三つのうちのいくつに該当するかによって、該当する割合が多いほど修正係数は大きくなる。)
6.このダム除去によって生まれる環境価値をクレジット(Credit)として、ミチゲーション・バンキングにデポジット(Deposit)し、対価として、環境にやさしい公共事業の開発権をデビット(Debit)として引き出す(Withdraw)というスキームである。
以上に見たように、ダム除去によって、膨大なクレジットをミチゲーション・バンキングにデポジットすることによって、このデポジットしたクレジットを基に、環境にやさしい大規模開発の開発許可権を得ることで、総体としては、ダム除去以前よりも、社会全体の環境価値のたくわえが大きくなっていく、というスキームである。
前原国土交通大臣も、いまのような、エキセントリックなダム潰しばかりに奔走されるのでなく、上記のようなミチゲーション手法を使った、総体として、日本の国土の環境資産が増大していくような、新しい公共事業のスキームを、そろそろ、それこそ、いまはやりの出口戦略として、用意すべき時期に来ているのではなかろうか?
その社会的使命として、より多くの環境インフラを創出すべき立場にある国土交通省は、不可逆的なNGO的主張のみをしてばかりいてはいけないのである。
参考 凍結対象ダム一覧
北海道
幾春別川総合開発
夕張シューパロダム■
<沙流川総合開発>
<サンルダム>-本体未着工-
留萌ダム▲
青森
津軽ダム■
岩手
胆沢ダム■
宮城
鳴瀬川総合開発※
秋田
森吉山ダム■
成瀬ダム-本体未着工-
鳥海ダム※-本体未着工-
山形
長井ダム■
茨城
霞ケ浦導水
栃木
湯西川ダム■
<思川開発>
群馬
八ッ場ダム-すでに凍結-
吾妻川上流総合開発※
利根川上流ダム群再編※
埼玉
滝沢ダム■
荒川上流ダム再開発※
富山
利賀ダム-本体未着工-
福井
足羽川ダム-本体未着工-
愛知
設楽ダム-本体未着工-
岐阜
新丸山ダム
<木曽川水系連絡導水路>
上矢作ダム※●-すでに凍結-
三重
川上ダム
滋賀
大戸川ダム-すでに凍結-
丹生ダム-本体未着工-
奈良
大滝ダム■
和歌山
紀の川大堰▲
鳥取
殿ダム■
島根
尾原ダム■
志津見ダム■
愛媛
<山鳥坂ダム>-本体未着工-
高知
中筋川総合開発
福岡
<小石原川ダム>-本体未着工-
福岡・大分
筑後川水系ダム群連携※
佐賀
嘉瀬川ダム■
城原川ダム※-本体未着工-
長崎
本明川ダム-本体未着工-
熊本
川辺川ダム-すでに凍結-
立野ダム-本体未着工-
七滝ダム※-本体未着工-
大分
大分川ダム-本体未着工-
大山ダム■
沖縄
沖縄東部河川総合開発■
沖縄北西部河川総合開発■
<>内文字は今年度凍結
※は建設着手前
▲は今年度完成予定で今後の建設段階移行はないため、実際には完成する
●は来年度中止が決定済み
■は本体工事中で今後の建設段階移行はないため、完成まで工事が進む見込み
国と水資源機構が建設中の直轄ダムは全国56、うち48ダムで現段階の工事は行うものの、次段階に進まないことになり、ダム建設が一時ストップする。
今年度は新たに用地買収や本体建設工事の契約手続に進まない。
来年度は来年度に対応する。
中止されるのはダム本体工事であって、周辺整備事業は中止にならない。
国直轄56ダムのうち、すでにダム本体があり、放流能力増大など維持管理段階にある8ダムは除く。
・48ダムは建設中だが、現段階から▽用地買収▽生活再建工事▽水の流れを切り替えるための転流工工事▽本体工事の次段階に移ることは今年度はしない。